インテリアデザイナーのひとりごと

美の認識


美しさということを考えていくと、いつしか、

そもそも「美」に関する認識は人によって違う、国によって違う、

そして時代によって違うということを把握するようになると思います。

認識にはそれぞれの個性があり、それぞれが美しいと感じたものを

大切にしたらよいではないか、という意見が上がってきます。

それは当然その通りです。

認識については各個人で異なるものです。

ですが、我々が求めているのはその先にある美の体現なのです。

自分の認識を大切にした上で、その「美」本体を可能な限り認識しようと試みますが、

それは完全には出来ない。自分の認知能力をさらに向上させて美を捉え、

それを実際的なものへとつなげていこうとする試みなのです。

その認識の範囲は各個人で違って当然だと思うのです。

ただそれぞれに、見ている対象は一緒なのだと思います。

表現や見えている範囲は異なっても「美」それ自体が変わることは無いのです。

例えば美人という言葉がありますが、多くの人が美人であると思うにせよ、

やはり、人によって美の感覚がこの点も異なります。

大切なことは各個人、この場合であれば各女性たちが美しさをそれぞれにおいて

大切にしているかどうかという点にあります。

美しさを大切にしているということは自然に沿った考え方なのです。

その美の表現を、多く捉えることの出来た人が

その人の最良のパートナーになることが多いのかもしれませんね。

美を求めていないということは、非常に悲しいことで

自然に沿わない生活になっていくということです。

美しい人を好むのは、宇宙の意図、自然の意図なのです。

持って生まれた顔かたちに自信がなくとも、

美しくありたいという心を捨て去ったら、それは大罪なのです。

美意識というのは自然が生じることの本体の意識であり、宇宙創造の意図なのです。

この美意識が発達する方向に進まないと人類は多くの反作用を受けるのです。

米国で生まれたアップルコンピューターが世界中で人気になるのも

あの美しいデザイン、端末のデザイン、コンピュータとしての機能面のデザイン、

ソフトウェアとしてのデザイン、それらすべてにおいて抜きん出ていたからです。

根源的に人類は、美しさを求めていることを示す例の一つではないでしょうか。

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