インテリアデザイナーのひとりごと

オリンピック


新国立競技場のデザイン実現に非常にお金がかかってしまうということで、

採用されると決まっていたデザイン計画は、白紙となりました。

この件で、私にはちょっと不信に思う部分があったのです。

それが金額把握の問題です。当初予定よりも膨れ上がったとのことですが、

そもそも、その当初予定とは何だったのでしょうか。

システム開発をする場合では、例えば後からこんなこともして欲しい、

こういう処理もシステム化したいなど、後からの追加要望が入ることが多いので、

開発費用が次第に大きくなることは想定できます。

ですが、どうでしょうか。

建設費用などにそのようなことが考えられるのでしょうか。

デザイナーがお金の件には関知しないという方針にも、疑問があります。

経済社会の中で、デザイナーは現実的に経済的にも実現可能なものをデザインするのが使命です。

ゼネコンは当然、商業主義なのです。

だからと言って、今回の件が全てゼネコンの責任ということにはならないでしょう。

デザイナーも現実離れしていたし、そこをゼネコンの商業主義は

付け込んだというのが、客観的に考えられることです。

日本では、まだまだデザイン全般に対する評価が低いように感じるのですが、

デザイナー自身がこれを引き寄せている部分もあるのかもしれないと、今回の事案で感じました。

何のためのデザインなのか。

多くの場合、そこには当然お金の問題が付きまとうと思います。

この件から目を背けるようなデザイナーでは、デザイン価値が皆無になることも

あるのだと、今回の件から学びました。

デザイナーも社会にしっかりと対応した存在でありたいですね。

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